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市内旧家から寄贈を受けた古文書(諸家文書)

更新日:2017年11月15日

光丘文庫では、和書、漢籍や一般図書のほかに、市内の旧家から寄贈を受けた約2万点に及ぶ江戸時代以降の古文書類を所蔵しています。
内容は非常に幅広い分野に及んでおり、酒田の歴史研究には欠かせない資料となっています。第1巻から第7巻までに掲載されている資料の具体的内容については、添付のリスト(エクセルファイル)をごらんください。エクセルの検索機能またはオートフィルター機能により、資料を探すことができます。

主な諸家文書の概要
番号 文書名 概要 目録
1 伊東家文書 寛文6年に肝煎役から酒田内町組大庄屋になって以来、明治に至るまで代々大庄屋役を世襲してきた伊東家に伝存されてきた約6600点余の文書で、寛文8年以来の御用留帳、享和・明和・安政の内町組水帳はじめ、日記・諸証文・書状など公私の記録が含まれている。 第1巻
2 田中家文書 延宝6年から明治初年まで、平田郷大堰守及び肝煎役を代々勤めてきた旧平田村大字熊野田の田中家に残されてきた約3200点余の文書で、庄内藩川北農村の史料が含まれている。 第2巻
3 尾形家文書 平田郷大町組の大庄屋を代々勤めてきた尾形家に伝わる約380点余の文書で、大町組大庄屋の勤書が年代順に残っている。また、明治初期から中期における学校制度確立期の教職関係資料も含まれている。 第3巻
4 佐藤八右衛門家文書 寛永15年に平田郷山楯組大肝煎になった佐藤喜右衛門(八右衛門)家に伝わる600点の文書で、喜右衛門(八右衛門)が後に小牧新田を開き、そこを隠居所と定めて居住したことから、目録においては「小牧新田佐藤八右衛門家文書」の表題を用いた。 第3巻
5 坪池家文書 酒田市横代字千代桜の坪池家(屋号「仁助」)に伝わる文書で、享保5年2月と享和元年の「横代村御水帳」や庄内藩の寛政の改革に関する「御改革御用留帳」、明和2年から大正8年頃までの坪池家の備忘録に相当する史料、生計記録簿、金融関係帳簿等が含まれている。 第3巻
6 小松家文書 近世に土崎村で肝煎を勤めた小松家(屋号「勘助」)に伝わる約440点余の文書で、明和4年から明治38年の140年間にわたる史料が含まれている。 第3巻
7 今井家文書 酒田市局の今井徳右衛門家に伝わる文書で、検地帳、五人組帳、御用留帳、名寄取立帳、宗旨人別長等の史料が多く残っている。 第3巻
8 小山太吉家文書 昭和中期に酒田市が購入した1500点余の文書で、小山家は船場町に分家して後は廻船問屋を営み、代々小山太吉を襲名してきた。五代目太吉は酒田商工会議所の初代会頭を勤めている。文書の大半は、庄内大震災以降のものである。なお、平成13年5月に酒田市市史編纂室から移管された130余点の文書も含まれている。 第4巻
9 佐藤七郎兵衛家文書 田川郡京田通坂野辺新田に江戸時代在住し、後に酒田町染屋小路で商業を営んでいた佐藤七郎兵衛家に残された90点の文書で、昭和54年8月に酒田市へ寄贈された。 第4巻
10 関家文書 屋号を代々伊右衛門と称し、古くから日用雑貨類を扱う大商人であった酒田市中町の関家から昭和中期に酒田市へ寄贈された約420点余の文書である。 第4巻
11 西田家文書 本町で薬種、日用雑貨業を営み、屋号が「井筒屋」で「近江屋」とも称していた西田家から寄贈された約1000点余の文書である。 第4巻
12 山田家文書 酒田町年寄と酒田三十六人問屋頭役を勤めた山田太郎右衛門家に伝わる約100点余の文書で、昭和中期に子孫の遺族から酒田市へ寄贈された。また、酒田市市史編纂室からの移管分を含んでいる。姓は「山田」であるが、屋号は「加賀屋」であり、寛政8年以降に「山田」と常称するようになったとある。 第4巻
13 南吉田伊藤家文書 荒瀬郷吉田組大組頭で南吉田村の肝煎を兼帯していた伊藤家に代々伝わってきた1947点ほどの文書で、近世から近現代にわたる村方文書である。 第5巻
14 漆曽根池田家文書 中漆曽根村に居住し、近世中期以降から近代(終戦前後)まで代々酒田本間家の代家(川北一円)を努めた池田家に残された1100点余の文書である。 第6巻
15 中吉田伊藤家文書 荒瀬郷中吉田村の肝煎を代々勤めてきた伊藤家(屋号「太郎右衛門」)に残された217点の文書である。 第6巻
16 本間新四郎家文書 酒田本間家から本町二丁目に分家し、近世後期に酒田の豪商として活躍した本間新四郎家に残された361点の文書である。なお、安政3年から天明5年の間、本間正五郎の代人を勤めている。 第6巻
17 佐藤喜三郎家文書 飽海郡西荒瀬村、佐藤喜三郎(公信)家の文書836点。明治から大正期の北海道・樺太の網元の実態、明治から昭和中期にかけての宮海、西荒瀬地区の政治、宗教、生活文化を知ることができる資料。 第7巻
18 大倉家文書 大倉家の祖は、酒井家や本間家の信頼を得ていた鈴木日栄上人。日栄上人は三方領地御国替のさいに活躍した文隣和尚の弟子である。嘉永からの玉龍寺関係の資料が主である。血判状など9点。 第7巻
19 酒田質屋組合資料 明治22年から昭和37年にわたる酒田質屋組合の設立経緯、規約、人名簿、酒田商工業組合連合会との関係を示す資料、他に東京質屋組合月報、全国質屋連合会会報創刊号、他県同業者との交流を示すものなどを含む138点。 第7巻
20 本間武次郎家文書 本間武次郎は、本間家16分家の本間操の養子(旧姓若松)、金融関係文書、本間家姻戚関係の書簡、清河神社創建顕彰会趣意書など、天明から大正期までの資料80点。 第7巻
21 加藤大弐家文書 加藤大弐は、庄内藩中老(宝永年間)、家老(正徳年間)を務めた。庄内藩儒学の始祖と言われた人である。庄内藩家老松平氏、水野氏からの御用状が含まれる。この文書は本間家16分家の一つ本間窈吉が、大正9年に米沢の伊佐早家から譲り受けたもの37点である。 第7巻
22 伊原吉右衛門家文書 江戸中期から明治後期にわたる平田郷漆曽根組大多新田村、伊原吉衛門家文書203点、飽海郡耕地整理組合関連資料、江戸期の田地質入・売買など文書、地価表、金銭貸借文書、借用証券、文化15年の大多新田の絵図の写しがある。 第7巻
23 菅原調右衛門家文書 菅原家は、現在の酒田市中央東町で塩屋を営む。御用金上納文書、借用証文と、羽黒山寂光寺、御守、庄内札所本など習俗、宗教関係が特色。嘉永から明治期までの資料24点。 第7巻
24 佐藤文吾家文書 佐藤家は、平田郷漆曽根組北境村の長人農民、明治期に北沢村の区長、議員を務め、酒田市生石の高泉神社に佐藤文吾自治功労の碑がある。江戸(安永)から昭和初期における郷村(北境村)の動きを知ることができるまとまった貴重な資料455点。 第7巻
25 菅原源助家文書 菅原家は、江戸期に米屋町鷹町で醤油屋を営む。文化、文政から昭和初期までの米屋町組商人の様子を知ることができる資料74点。御用金証文、金子証文、御才覚金調書、飽海郡統計一覧概表がある。 第7巻

お問い合わせ

酒田市立光丘文庫(中町分館)
酒田市中町1丁目4番10号 酒田市役所中町庁舎5階
電話:0234-22-0551 ファックス:0234-22-0612

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