旧白崎医院は管理方法の変更に伴い、令和7年3月31日をもって閉館しました。
なお、建物の外観観覧のみ可能です。
大正期に建てられた市内唯一の木造洋風建築(酒田市指定有形文化財)
- 旧白崎医院は、外科医・白崎重治氏の医院として、大正8年(1919)、本町通りに建てられました。1階では診療や手術を行い、2階は家人の住居として使用されました。
- 設計したのは、重治氏の息子で油問屋の白崎敬之助氏で、前所有者・重弥氏の祖父にあたります。
- 昭和51年(1976)の酒田大火では、ぎりぎりのところで延焼を免れましたが、その後の火災復興土地区画整理事業により、解体され取り除かれることになりました。
- ところが、この建物は大正期に建てられた本市唯一の木造洋風建築で、デザイン、材料ともに優れ、しかも大正時代の木造洋風医院建築の原型がこれほど完全な形で保存されている例は貴重であることが分かりました。
- そこで、これを市指定文化財として保存するべく、昭和55年(1980)に現在地(日和山公園地内)へ移築しました。
白崎医院建築工事の棟梁は、白崎家出入りの大工・小松友治郎氏です。友治郎氏は酒田寺町に生まれ、父の跡を継いで大工となりました。腕前が良く、特に小箪笥や茶箪笥の名人として噂されるほどでした。
白崎敬之助氏の綿密な設計と指図のもとで、友治郎氏はこの洋館づくりに精魂を注ぎました。
白崎医院の他には、大正14年に建てられた本間家別荘(現在の本間美術館本館)の御車寄を手掛けています。

友治郎氏が手作りし愛用していた墨壺と鉋。(友治郎氏の孫・小松正朋氏寄贈)
酒田市南新町一丁目6-13
- JR酒田駅よりるんるんバス5分、日和山公園下車、徒歩約2分
- 庄内空港より車で約25分
- 日本海東北自動車道「酒田中央インターチェンジ」より車で約10分

外観 東側から撮影

門柱

木製の外壁

手術用手洗い

手術用照明

天井にはドイツ製と推定される鉄板が使用されている

歪みのある建築当時からの窓ガラス