更新日:2026年4月8日
「アーティスト・イン・レジデンス」とは、アーティストが特定の地域に一定の期間にわたり滞在しながら、地域の方々と交流する中で得られた人々の想い、地元の歴史や記憶を市民とともの作品による展示会やイベント、その他の方法で共有する文化事業です。
酒田市と東京藝大の連携企画で実施している「アーティスト・イン・レジデンスさかた」は、レジデンス事業の特徴をもとに、コミュニケーションのツールとしてのアートのあり方とその可能性を提示し、社会のさまざまな分野においてアートという方法を広げる人材を発掘・育成する事業です。
1年目では、対話の場を創出する2組のアーティストを中心に新しいコミュニケーションの手法を試みました。
そして2年目となろ令和7年度においては、令和6年度のアーティストに加え、海外出身のアーティストを招き、より幅広い市民の方々と語り合いました。
3組のアーティストによる「アーティスト・イン・レジデンスさかた」!
令和7年度は下記のような取り組みを展開しました。
第1回「図書館を歩こう」
図書館で本との出会いや思い出を共有します。館内の普段入れない書庫も見学しながら参加者同士で図書館の楽しみ方を交換し合います。
●日時/6月14日(土曜)午後5時30分~8時30分
●集合場所/ミライニ3階研修室
第2回「遊びと移住」
移住者の案内人とともに「遊び」を通して見える酒田の新しい魅力について語り合います。
●日時/6月29日(日曜)午前9時~正午
●集合場所/ボードゲームカフェ&バー「シェ・ピエール」(酒田市二番町9-17)
番外編-中心商店街の「これまで」と「これから」を話そう
●日時/9月14日(日曜)午後5時~8時
●集合場所/カフェeジェラートモアレ(酒田市中町1丁目7-18)の前

佐藤悠氏は、日常の中にあるささやかな違和感や、人それぞれの「見え方」に注目するアーティストです。酒田市では、《酒田散漫さんぽ》を通して、誰もが気軽に自分の感じたことを言葉にできる対話の場をつくってきました。多様な考えや感じ方を共有することで生まれる気づきや関係の変化を丁寧にすくい上げる彼のスタイルは、人と人がゆるやかにつながるきっかけを生み出しています。
令和6年度に続き2回目の開催となった《酒田散漫さんぽ》第2期。今回は、図書館ミライニと中通り商店街を舞台に、さまざまな出会いが生まれました。
「図書館を歩こう」の回では、誰もが一度は訪れたことのあるミライニを、改めて見つめ直すところから始まりました。館長と職員の案内のもと、普段は気づかない工夫や裏側に触れ、保管所にも足を踏み入れます。参加者たちは、これまでとは少し違う目線で図書館を見つめながら、本や読書の思い出を語り合いました。中には、地元作家への思いを熱く語る場面もあり、静かながらも温かい時間が流れていました。

6月29日(「遊びと移住」)は中通り商店街のボードゲームカフェへ。移住してきた店主とともにゲームを囲むうちに、自然と会話が広がっていきます。笑い声の中で打ち解けた後、「外から見た酒田」の話が語られ、普段とは少し違う角度からまちを見つめる時間となりました。

9月には、番外編「中心商店街の「これまで」と「これから」を話そう」を開催しました。ジェラート店モアレで再び商店街に集まった参加者たち!それぞれの立場から商店街のこれまでとこれからを語り合いました。活動の場が違う人同士が出会い、「そんな取り組みをしていたんですね」と互いを知ることで、ゆるやかなつながりが生まれていきました。(写真3)
「さんぽ」と言いながら、実はあまり歩かない―この言葉どおり、今回も長い距離を移動したわけではありません。それでも、立ち止まって話す時間の中で、人と人との距離は少しずつ近づいていきました。

東京藝術大学先端芸術表現科博士課程修了。一見何も無いところから、表現が紡ぎ出される現場を作っている。地域などに滞在し、協働でプロジェクトを行う他、主な作品に、一枚の画面に絵を描きながら、参加者と即興の物語を作るパフォーマンス「いちまいばなし」などがある。近年は美術鑑賞プログラムの開発にも力を入れており、美術館、教育施設、企業等で実践を行っている。
http://yusatoweb.com(外部サイト)

●メイン会場 清亀園(酒田市浜田1丁目11-13)
●サブ会場
酒田市立中央図書館2階(酒田市幸町1丁目10-1 酒田駅前交流拠点施設ミライニ内)
にぎわい健康プラザ 集いのスペース(酒田市中町2丁目4-12)
●日時
清亀園 : 7月26日(土曜)~8月11日(月・祝)の週末と祝日
中央図書館(ミライニ)、にぎわい健康プラザ集いのスペース : 7月28日(月曜) ~8月12日(火曜)
昨年度、見知らぬ者同士の参加者たちが毛糸を媒介にゆるやかにつながるアートイベント《編む手/解く手》を清亀園で開催しました。毛糸というひとつの素材が、人から人へと手渡されながら形を変え、意味を重ねていく。その試みは、場所と人との関係もまた、誰かの手によって編まれ、ほどかれ、また新たに結ばれていくものだということを、静かに示していました。そして令和7年の夏、同アーティストによる新たな企画が、再び清亀園で展開されました。今度の媒介は、手紙です。
「とある場所にはじめて訪れたときの想いや感情を、手紙に綴ってみませんか?」
アーティストの和氣光凜氏による企画「はじめて来た日のことを教えてください」は、毛糸に続き「手紙」を媒介として、人々の記憶や想いを集め、共有する試みです。手紙もまた、誰かの手から誰かの手へと渡り、時間や距離を超えてつながりを生む道具です。毛糸から手紙へ。媒介は変わっても、見知らぬ人同士をゆるやかに結ぼうとする姿勢は、一貫して受け継がれています。
清亀園をはじめ、ミライニ、にぎわい健康プラザに、自由に手紙を書けるコーナーを設置し、「はじめて来た日」の記憶をそれぞれの言葉で綴っていただきました。そこには、昔の思い出から訪れたばかりの新鮮な気持ちまで、さまざまな時間が重なり合っています。世代や暮らし方の異なる人たちが、それぞれの「はじめて来た日」を分かち合うことで、酒田のまちに宿る多様な視点や物語が、少しずつ浮かび上がってきました。
清亀園に寄せられた手紙には、「久しぶりに来ました。ここはこどもの頃から来ていました。」という書き出しに続き、家族と訪れた日の思い出が綴られていました。また、「これまで一度も訪れたことがありませんでした。もし今日ここに来ていなければ、一生来なかったかもしれません。」という手紙もありました。まったく異なる「はじめて」が織りなす風景のグラデーション―同じ庭、同じ空間でありながら、ある人にとっては長く積み重ねてきた場所であり、別の人にとっては偶然出会ったばかりの景色でもありました。
ミライニに寄せられた手紙には、もっと小さな日常の記憶が並びます。本を借りたこと。友人と休みに来たこと。静かな場所を探して、机に向かったこと。特別な出来事ではないかもしれませんが、人々の日常をそっと支える確かな瞬間が、ミライニで生まれていたことが伝わってきます。
にぎわい健康プラザに届いた手紙には、「はじめて来た日が思い出せません」という一文がありました。記憶の輪郭をなぞるようなその言葉は、この場所が日常に深く根ざしていることを静かに物語っています。いつから通い始めたのか、もう思い出せないほど、この場所は生活の一部になっている。「はじめて」が記憶の外へ溶け出してしまうほど、長く、深く関わってきた場所があるということ。それもまた、ひとつの「はじめて来た日」の物語かもしれません。
●手紙は記名・匿名どちらでもかまわない。
●書かれた手紙は各会場でファイリングされ、誰でも読むことができる。
●他の人の手紙を読みに来るだけでも、参加のかたちのひとつである。
このようなルールのもとに集まった言葉たちは、多くの人に読まれ、それぞれに受け取られ、誰かの記憶の中に静かに残ったことでしょう。50通の手紙がどれだけの人の目に触れたのか、そのすべてをたどることはできません。ただ、残された手紙から見えてくる多様な想いを手がかりに、それぞれが場所や記憶について考えるーそんな時間が確かにそこにあった、と思うだけです。
東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。同大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修士卒業。創作のハードルを下げることと、日常のコミュニケーションから寄り道することをテーマとして、アートプロジェクトを企画している。
カリフォルニア大学デービス校農業環境科学部(国際農業開発専攻)・文理学部(美術史専攻)卒業後、日系大手メーカーの経営企画部門勤務を経て、東京芸術大学大学院美術研究科(MFA)修了。在学中から同学の茨城県取手市のキャンパスとその周辺の農村地域である小文間地区を研究、大学やアートと土地をつなげる多角的な研究を作品制作と展示、アーカイブとして発表。
●展示期間 令和8年3月14日(土曜)~3月29日(日曜)午前9時~午後4時、無料
●ワークショップ 令和8年3月15日(日曜)、3月20日(金・祝)午前10時~正午
●使用言語 英語(日本語同時通訳:金子朝彦(通訳者))※当日は英語進行・日本語通訳付きで実施
●会場 清亀園(酒田市浜田一丁目11-13)
日本家屋・清亀園を舞台に開かれた展示会《voids―空洞》は、上記のような問いからスタートしました。アーティストのクロエ・パレは、宇宙の銀河と銀河のあいだに広がる「コズミック・ヴォイド(宇宙空洞)」が何もない空間に見えるが、実はそうではないという天文学の研究成果から疑問の領域を拡張します。昔はあったが、いまは存在しないもの、確実にあるが、ただ見えないだけのものごとなど。
作品の着想源となったのは、2025年夏に酒田市で過ごした滞在の記憶でした。北前船の交易で栄えた港町の歴史、沖合に浮かぶ離島・飛島で録音した鳥の鳴き声、もう閉館してしまった「コスモス童夢」ーそうした酒田固有の記憶や風景が、作品のなかに静かに編み込まれていました。
入口に設置された、反射するぬので作られた巨大な水玉模様の作品が来場者を迎えます。清亀園の天井の模様をなぞったという巨大作品をあとに、右側の別のお部屋に進みます。オレンジ色の電球が薄暗く光っている空間に広がる星形の長い作品。そして、廊下にかけられているシルク素材の作品まで。モノトーンの作品は日本家屋の雰囲気を邪魔せず、光とともに異質な空間を作り出しました。星図としての碁盤―古いものと新しいものが交差する空間は、多くの来場者にとって予想を超えた体験となりました。
「古い建物と新しいアートがすごく合っていた」「現在の建物と畳と庭、自然と造形の美ー天候の光とかがマッチして良い」というアンケートの言葉が、その感動を端的に伝えています。また「voidsという概念について改めて意識を向けるきっかけになるとともに、日常の中にも様々な形で存在しているように感じたことが発見でした!」と記した来場者もあり、「空洞」という哲学的な問いが、鑑賞を通して日常の感覚へと着地していく様子がうかがえます。
会期は令和8年3月14日(土曜)から29日(日曜)の16日間で、200名が清亀園を訪れました。
展示期間中の3月15日(日曜)と20日(金・祝)の2回、清亀園を会場にワークショップが開催されました。
参加者は15日が23名、20日が27名。子どもから年配の方まで幅広い世代が同じ場に集い、「あなたの生活の中で、空っぽはどんなふうに現れますか?」という問いに、それぞれの手を動かしながら向き合いました。
特筆すべきは、その自由さから生まれた解放感でした。「何をしてもいい」という前提のなかで、参加者は各自の「空洞」のイメージをかたちにしていきます。ちょっぴり難しいなテーマであるにもかかわらず、子どもたちの無邪気さが加わることで場の空気はほぐれ、大人たちも自然と手を動かすことができたようです。「テーマが哲学的で、一人で考えると難しそうだが、子どもさんもいるワークだと気軽に考えを出せた」という声が、その空気をよく伝えています。
「同じテーマでも、様々な作品・考え方があってとても面白かった。参加者の感性にも刺激された」という感想は、世代を超えた偶然の出会いが生んだ豊かさを物語っています。「自分の考えをかたちにしたり、自分とは違う考え方にふれられて楽しかった」という言葉もありました。
《voids―空洞》は、酒田という土地の記憶と、宇宙規模の「空っぽ」への問いを結びつけ、現代アートが日本家屋のなかでいかに生き生きと息づくかを示した展示でした。「清亀園をもっと活かしてほしい」という来場者の声や、「酒田の魅力も合わせて国内・国外問わず発信できるイベントが増えたらいい」という願いは、この試みが単なる鑑賞の場を超え、場所と地域とそこで暮らす人々の想いをめぐる対話の起点となったことを示しています。
「アーティスト・イン・レジデンスさかた」初の海外出身アーティストによるこの企画は、これまでとは違う可能性に対する、新たな扉が開いた瞬間でもありました。
クロエ・パレは、ビジュアルアーティスト・研究者。文章、立体作品、ワークショップを通して、科学や地域の神話における星や地層の世界観を探究している。彼女は自分自身の経験をもとにプロセスを重視し、美術実践に基づいた調査や感覚的記録などの手法を取り入れて創作活動を行っている。アテネ美術大学彫刻科を卒業し、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科にて博士号を取得。近年は、ベルリンのマックス・プランク科学史研究所での研究(2025~2026)、東京・The 5th Floorでの個展(2025)、ハバナ・ビエンナーレへの参加(2024)など。
※下記の画像をクリックすると、アーティストの公式ウェブページへ移動します。
アーティストが地域に一定期間滞在し、その地域の人々と深く交流しながら作品を制作する活動です。アーティストは地域の文化や環境に触れ、その経験を元に新しいアイデアを得て、地域の特色を反映した作品を創り上げます。重要なのは、アーティストが地域の人々と積極的に関わり、共に学び、共に創造する過程です。地域の人々もアーティストとの交流を通じてアートの新しい側面を発見し、視野を広げることができます
※「アーティスト・イン・レジデンスさかた」は、東京藝術大学キュレーション教育研究センターの協力のもと、酒田市が実施する事業です。